2/8/2006
ARTとの出会いと、私が思う「ARTってなに?」
幼稚園のときのお絵かきとか、小学校の時の写生大会や図工時間。こういう小さい時に楽しんでやったアーティスト活動じゃなくて、大きくなってから自発的に私が絵を書こうと思ったきっかけは、単に絵が好きだから習いたいとか、絵を描きたいとかじゃなかった。外国に行きたくて一人で行かせてもらったのはいいんだけど、言葉が分からなくて、みんな何言ってるかさっぱり分からない。言葉を使わないクラスならって感じでアートのクラスを撮り始めて、それがきっかけ。単純に周りの環境に馴染みたいって思う気持ちがきっかけになった。
小さい時から学校や地域の美術コンクール・展覧会で金賞とか銀賞とかに数々選ばれたりはしていたけれど、我ながらいうのもかっこわるいけど、小さい頃は何をやっても人よりできた。走っても一番だったし、テストの点も100点が当たり前だったし、ドッジボールをしても一番うまくてどのチームにも欲しがられて私をとりあうジャンケンまであったくらいだったのを自慢として覚えている。(笑)もっと嫌らしい事を言わせてもらえば、一学期はいつも学級委員長で、2学期になると一度なった人は委員長になれないと言う理由で副委員長に選ばれる事が毎年。高学年になると生徒会にも選ばれたし、だから多分人気もそれなりにあったと思う。
だから、そんな私がとびぬけて絵だけができたとはいえない。だってなんでもできたから・・・。
高校生になって英語に憧れて、もっと目立ちたい気分の私は一人でアメリカ留学をしにいった。なんでもできる!と自負していた自分だったのに、相当甘かったみたいで、楽しくなるはずの外国生活は生まれて初めてのじみ〜でくら〜い生活。言葉を話せない人には誰も興味をもってくれないし構ってもくれない。田舎でゆっくり時間が流れているといっても、みんなそこまで暇じゃないみたいだった。だから目立ちまくっておだてられて、それに気分よくひたひた浸っていた環境はアメリカには全くなかったし、作れそうにもなかった。
「こんなはずじゃ〜」って思って、勇気を振り絞って話しかけても一言べらべらっと言ってからどこかへ行ってしまう。え!?外人を見たこともない、恋愛真最中世代のアメリカ人の若い子達はそこまで親切に興味もないことに時間はつかってくれないし、アメリカに興味があったのは私で彼らは日本に興味はない。
まぁそんな感じで悲惨な状況だったんだけど、傲慢だった心を入れ替えて、憧れて来たはずのアメリカ生活になじまなくては。と決意はしたものの人の輪に入っていくと「しら〜」っと露骨にされたりするので本当に寂し。なんか打ち込めるものがあればよかったんだと思う。
言葉が全く分からなくて、不満を一生懸命コーディネーターの人(いわゆる留学中のお手伝いさんみたいな人なんだけど、彼女もアメリカ人。)にヘタクソな英語で伝えて、結果的にアートのクラスを薦められて、いろんなアートクラスをとり始めた。口がなくなると手と脳が動くもので、もくもくと取り組んだ写真・ドローイング・ペインティングのクラスはと〜っても楽しかった。ある意味精神的苦痛の吐き出し口。
ある日、とても綺麗で可愛い、友達になりたいと心で思い続けた(照)女の子がペインティングの時間に私の机の前にきて私の描いた絵をみながら私に何か話しかけてきた。緊張しながら一生懸命聞いて一生懸命言葉を返した。彼女はもちろん一回で私のいってることは理解できないし、何回も分かるまで私の言葉を聞き返してくれた。彼女は納得してからその場に立ち止まってクラスルームの中に響く大きさの声で私の描いた絵についてほかの生徒と言葉を交わした。目立ちたがり屋の私にとってはとても嬉しい事だった。
絵のクラスで自分の描いた絵を通していろんな人が私に興味をもってくれたことが本当に嬉しかった。どうがんばっても話しかけられなかった私だったから。どう頑張っても壁があった人間関係にハンマーがおりた瞬間というか・・・・世界が広がる・・・そんな気持ちがぱ〜っとした瞬間だった。
長くなってしまったけど、私はアートってそういうものなんだと思います。
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